11月14日


『現地時刻11141513分、気温6度、晴れ。ロンドンでは日本より一足早く、クリスマスムードに街が彩られ、あちこちでイルミネーションが点灯しているようです。』


客室乗務員が良く濾されたビシソワーズの様な、まるくほんのりと甘い声でロンドン・ヒースロー空港への到着を告げる。


思い返してみると、去年も丁度同じ、

1114日に僕は日本を発った。

その時の僕は少しの自信と、

出所不明の大きな過信、

それらの倍くらいある大量の衣類を味方に

ここに降り立った。


2018年の思想は微かに引きずりつつ、

それでも僕はこの1年間で

変わったんだと思う。

東京の街並みが変わらず変わり続ける様に、

僕も変わったのだと思う。

より具体的な物体になったというよりは

もっと曖昧なものになったような気がする。

或いはより包括的なものとでも言うのか。



2度目のロンドンの冬は、

去年と打って変わって

自分らしさを取り戻し、

陰鬱な細かな雨が、

几帳面な鶏のように

毎日忘れることなく降り続ける。

バスの窓を濡らす水滴達は、

街灯の光を受け、

窓を赤や橙、緑色に

流動的に染めていく。

ソウルライターが見ていた世界も、

こんな感じだったのかなと、

エンジンの振動で酔い気味の頭で

僕は考える。


去年よりも物事を、

目の前に起きている事柄を、

少しだけ鮮明に捉えられるようになった。


初めは長編小説を斜め読みしている様な感覚で、何も頭に入ってこないうちに、伏線が張られ、いつそれが回収されたのかすら気付かない様な慌ただしい日々だった。

それでもなんとか形を成してきた事もあって、まず1番は会社の設立かなと思う。

1年を掛けて動いてきた事に、

薄らではあるがそれでも目に見える形で、

輪郭が出来た。

僕が好きな言葉である"余白"から取って、

“SHIRO ltd”と名付けた。


腹の底というものが実在するなら、

そこから間違いなく出ている感情なのだが、

謙遜とかでは無く、

この会社を作るに至るまで、

僕は何もしておらず、

全ては周りのみんなが行ってくれた。

日本で動いてくれている人、

ヨーロッパのクライアント達、

ビザ取得等の環境を整えてくれたパートナー。

僕はたまたま、そこに居ただけだ。

廉価な電気回路のコイルの様に、

そこに居ただけなのである。

ただ、これを機に僕は、

祖母の葬式の際に読んだ弔辞の中で言った、

"今度は僕が優しさを還元する番だ"

という言葉を、もしかするとこれから

やっと少しずつ出来るのかもしれない。


去年1年間で4回引越しを繰り返し、

レペゼン・ノマドワーカーの僕であったが、

やっと先日定住先を見つけた。

有機的な機能美に溢れたミッドセンチュリーの家具があしらわれた温かい家(になるはず)である。

靴を磨く時間、花を活ける時間、

シャツのボタンを閉める時間、

そんな時間を大切にしたいなと思う。


きっとこれからも、

忙しさのBPMは変わる事は無いし、

若しくは増していくのだと思う。

無闇矢鱈に叩く出来もしない16ビートの如く、出鱈目に走った1年間であった。

(それにしても昔の人は鱈の事が嫌いだったのであろうか、酷い使われ方である。)

スティックを投げ捨てて、

優雅にチェロを弾ける訳でも無いし、

せめて走りすぎず、もたつく事もなく、

リズム位は刻めるようになりたい。


P.S.

もし日本から遊びに来てくれるなら、

土鍋とガスコンロを買ってきてください。



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"俺には夢がある 毎晩育ててる

俺には夢がある 時にはビビってる

なんだかんだ言われたって 

いい気になっているんだ

夢がかなうその日まで 夢見心地でいるよ

あれも欲しい これも欲しい

もっと欲しい もっともっと欲しい

あれもしたい これもしたい

もっとしたい もっともっとしたい"


/ブルーハーツ





大きな流れ、享受、諦念の類について


僕はアクセサリーを付けない。

装飾品の類は煩わしいし、

毎朝着けては外すの作業が苦手である。


しかしながら、僕の右手には、

銀製のバングルが2つと、

金製の指輪が1つ着いている。


これらはどちらかと言うと、

お守りに近いもので、

寝る時も風呂に入る時も外すことはない。

学生の頃に彫り物を入れる事も考えたが、

まず痛いのが苦手な僕には到底無理な話で、

ならば彫り物(彫りがあしらわれている貴金属)を身に付けようと思い、

ファッションの業界で働くと決めた際に1つ、社会人になる時に1つ購入したのだ。


指輪は祖母の形見である。


僕はこれらを磨く事はない。

不意に付いた傷や、くすみというものは、

直すべきものではなくて、

受け入れるものだと思うのだ。


最近は受け入れるという事について、

徐々に理解が出来るようになったと

自分では思う。


丁度1年前くらいの記事で書いた、

"大きな流れに身を任せる"だけ、

という事だが、この見解に相違は無く、

ただこの大きな流れには

支流があるかも知れないという事を

最近になって感じる。

要するに大きな流れにも

分かれ道があるかも知れず、

自分の出来る範囲で泳いでみたり、

もがいてみると、今までとは違う流れに

乗れる可能性があるという事だ。


思いのままに物事を調整し辛い、

外国に住んでいるから

思える事なのだと思う。



情報の多い日本滞在中に唯一買った雑誌が、

大人とは。

という問いに対して考える内容であった。

数名の大人にインタビューをしていたのだが、全員が全員、俳優や作家、アーティスト等一見華やかしい職業の人達ばかりで、

僕は読んでいて辟易としてしまった。


確かにまだ僕は若いが、

それでも26歳の今思う事は、

普通に働いて普通に家庭を持っている人達と

先程のクリエイター達とは

何か差があるのだろうかということである。

華やかな世界に身を置ける人達が、

社会人の何%居て、

この雑誌を読んでいる君達は、

果たしてその世界に入る事ができるのだろうか。

大企業がすごい、ベンチャーが良い、

クリエイトな仕事がかっこいい。

この思想は気持ちが悪いなと思う。

かといって、

大企業に入ると歯車になるだとか、

中小だとなんでも出来ると言うのも変な話で、これらも総じて間違いだと思う。

全ては個々人の問題である。


職業に貴賎はないと言うが、

もっと適切に表すならば、

どの仕事もかっこ悪い。である。

ある種の諦念に近いものを持ち合わせて、

そこに誇りを見出せる人が

大人なのではと感じる。

これを履き違えると、

あの大きな流れに飲み込まれ、

永遠に浮かんでこられないのだ。



もうひとつ。

最近のネオソウル・ジャズブームにも

辟易とする。

意味があるのかないのか判らない言葉を、

5分ばかし並べて、隠喩に見せかけた、

"メロウでチル"なあの感じである。

もうFKJTom mischHONNE位に任せておけばいいと思う。

日本では10年も前にNujabesがやっているではないか。

クリエイティブな仕事に憧れる

奥田民生になりたいボーイズ達よ、

僕を含めた若者達よ、ロックを聴け。

どうせどんな仕事に就いていたって、

言いたい事も言えないこんな世の中なのだ。POISONなのだ。

音楽の中でくらい言いたい事、

ドンと言って欲しいものである。


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君がカンイチ、僕はジュリエット

この世はまさに大迷惑

逆らうとクビになる

マイホーム、ボツになる

帰りたい、帰れない 

2度と出られる蟻地獄

君をこの手で抱きしめたいよ

君の寝顔と見つめてたいよ

君の作った料理食べたいよ

西も東も大迷惑"


大迷惑/ユニコーン











来世について語る時に僕らが語ること

都営大江戸線で都心に向かう途中、

新宿に着く頃に、

乳白色のつるっとした表側の壁が目に入る。

その裏側の鼠色の大きな凹凸のある壁には、

湿気を帯びて黒ずんだほこりが

時間をかけて塊になっている。

僕はそこにいる。



ショーウィンドウでは、

地毛のくるくるとした髪を

上下に揺らしては、

懸命に鍵盤を叩く海外の青年が、

液晶の中で、

ウィンドウの電源を切られるまで、

ひたすらに弾き続ける。

そこに彼の意思はない。

クラシックをよく聴かない僕には、

それが何の曲なのかすら見当がつかない。




今僕が聴いているこの曲は、

今書いているこの文章は、

今思っているこの感情は、

誰の為のものなのか、

師走に吐く白い息と同じで、

短く曇っては直ぐに消えていく。



来世の話が僕は好きで、

何になりたいかとよく尋ねる。

ある友人は鯨になりたいと言うし、

隣で発泡酒なのかビールなのか

わからない酒を片手に握る彼女は、

土になりたいと言う。



綺麗な言葉や感情は、

日本にいると言語化して伝える事が困難で、

思ったと同時に消えてしまう。

必要以上に摂取したビタミンが、

トイレに流れていくのと同じである。

後の感情は、分解されずに残った

毒気のあるものばかりだ。

東京には少し

長く居過ぎたのかもわからない。

或いは何もわかっていないまま

離れてしまったのかもしれない。




エディットピアフが愛について歌う時、

東京湾から紛れ込む淀んだ流れを、

冷めた顔つきで僕は眺める。




感傷的で無機質な文字の配列になってしまうのは、この淀みのせいにしたいなと思う。






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"猫になりたい 君の腕の中

寂しい夜が終わるまでここにいたいよ

猫になりたい 言葉ははかない

消えないように キズつけてあげるよ"


猫になりたい/スピッツ 




過剰広告

口で言えば済みそうな注意書きが

所狭しとそれも力強く張り巡らされている月島の銭湯に居た。


女湯と男湯が

交代制になっていて、

1つには露天風呂が付いているが、もう1つには付いていない。


こじんまりとしていて、

5人も湯船に浸かれば

溢れてしまうような場所である。


へきへきとしてしまった僕は、

湯疲れか、口煩い注意書きのせいかどっと疲れた。



当たり前だけれども、

日本には日本語が

溢れかえっていて、

過剰な程にそれが

至る所にあって、

考える余地だったり、

受け手の気持ちなんてものは

無視されている。


それにまた僕は

馴染んできていて、

最近は書きたい事なんかが

全くない。


僕が考えている事は

全てその場で処理されてしまうし、

改まって何かを書き残す必要性がない。



星の話だったり、

最近観た映画の話、

日本で思った事を

少しずつ書いてはいるのだが

全く指が進まないし、

38度くらいのぬるま湯に

浸かっているようである。

適温でずっと浸かって居られるが、

徐々に水温は下がって、

やがて風邪を引くのだ。

そんな感覚を覚える。

下書きにぞんざいに埋もれている彼等はまた時を見て書こうと思う。




大した事もしていないくせに、

忙しさばかりにかまけていて、

湿度のせいか流れている空気にも、

少しだけ片栗粉を溶かしたような、

どろっとした質感のある雰囲気がある。





旧友が言う。

『ここにいる日本人には、ロマンチックを楽しむ余裕が無いのよ。』






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"お別れの時だよ君とはいれないな

2人だけの秘密は全部日々に溶けたよ

いつかまた会えたら聴いてはくれないか

陽気な歌でも歌うから愛していたよ"


お別れの歌/Never Young Beach



英国退屈日記『クレーン車』


渡英する前に僕は幡ヶ谷に住んでいて、

トモヒロという同居人がいた。

幡ヶ谷には代々木上原に繋がる坂道があって、たまに自転車でどちらが先に上に着くか競ったりしていた。

その坂の並びには、

よく行く山盛りのカレー屋や、

サンダーキャットのレコードが5000円で売っていて結局買わなかったレコード屋

今時な古着が売っている(矛盾)古着屋に

ラテが美味いコーヒースタンドがあって、

洗濯物を回している間によくうろうろしたものだった。

上原に向かって下っていくと

建設中の建物があって、

クレーン車がある。

昨日友人と上原で食事をしていたので、

その前にこの坂に立ち寄ったのだが、

まだそこにはこのクレーン車があった。

僕はこのクレーン車が大好きで、

というより、クレーン車というものが

僕は好きなのだ。

そこには力強さを感じられるし、

未完成のものの上にしか存在を許されない、そこに夢のようなものを見出さずにはいられない。

完成してしまうと

どれだけ夢を見たものでも

素っ気なく感じられてしまうのだ。

長らく夢見たことが叶ってしまった時の、

達成感という名の絶望感に似ている。


0から1にすることが僕はとても好きなのだけれども、それを継続する事になかなか楽しさを見出せない。

これが僕の致命的な社会性欠如である。

何十年も継続して同じ事を行っている人には

本当に頭が上がらないのである。



日本に勤めていた時の職場が、

新国立競技場の近くで、通勤の際にいつもこれを目にしながら歩いていた。BGMは決まって宇多田ヒカルのどれかだった。

無数のクレーン車が立ち並ぶ姿は

圧巻であったし、緊張感に満ちた希望に溢れていた。

こいつが完成するまでに、

僕も何かを成せるかなと考えいた。

現状を鑑みると僕の方が

遅れてしまっているみたいだ。



未完成のもの、不完全のもの、

何か少しおかしなもの、余白のあるもの、

僕はこういったものを作りたいなと思う。

ただ、これを意図してしまった時点で、

そこに余白は無くなってしまう。

近付こうとすると遠のいてしまうものなのである。



これは、愛についての話である。



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"漢方薬じゃ直らない感傷的は直せない

完成形が分からない感情的に怒らないって

半蔵門は常に混み日々は流れてゆく

30分も歩いたら、あなたの家に着くんだ

軽いスピードで早いスピードで

愛のせいでわたし、あなたから離れられない"


愛のせいで/ZOMBIE-CHANG





『高輪大木戸』

"お客さん寒くないですか。丁度は人でまちまちなものでね。最近は涼しくなってきましたし、身体を崩さないようにしないといけないねぇ。"


確かにこの日の夜は少し涼しかった。

品川の辺りで飲んでいた僕は

終電をとうの昔に無くしていて、

名は分からないが大通りでタクシーを拾った。


"今から通るけど高輪には大木戸があってね、東海道から江戸に入る関所になっていたわけだね。これを作ったのが徳川、でも今の政府は薩長でしょう。だから高輪ゲートウェイなんて変な名前をつけちまったんだな。本当は高輪大木戸駅なのにねぇ。語呂が良いでしょ、高輪大木戸。"


"この後大門を通るんだけど、浜松町の横のね。彼処はほら、あの浄土宗があるわけ。

増上寺

これも徳川家なんだよね、徳川家のお墓があるの。

昔は糞尿は江戸川から東京湾に出て、

その沖でいっぺんに捨てていたらしいんだけど、その集積所を薩長になってから、

この大門に作ったのよ、増上寺の横。

こりゃー酷い嫌がらせだよね。"


僕には果たして江戸時代の話が

今まで影響しているのかは定かではないが、

もしかするとあるいはそうなのかもしれない。


僕自身はこの1年間で全てが変わった感覚なのに、よく行っていた定食屋のおばあちゃんは変わらないし、鯖の味噌煮も変わらない。

街並みなんてのも殆ど変わらず

(昔から変わる事なく変わり続けている)

時代は僕が思う以上にゆっくりと流れている。


なかなかこんな話をタクシーで聞くこともないので僕は嬉しかったし、もしかすると72歳の彼も嬉しかったかもしれない。


"運転手さんあと20年は続けないとだね。みんな話を聞きたいと思うよ。"


"2.3年は自信があるけど、5年後はわからないねえ。なにせ人様を預かる仕事だからね。"


彼にはプロの運転手というものを感じるし、

ナビだって使う事なく目的地まで僕を届けてくれた。

東京の道は殆ど頭に入っているのだろう。

裏道を慣れた手捌きで進んでいく。

既に何度かホテルまで

タクシーを使っているのだけれど、

今回のお会計が1番高かった。


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"詫びたい人ならこの手を合わせて

淋しさ堪えたお前の横顔

過去(きのう)を引きずるそんな影法師"


影法師/堀内孝雄




英国退屈日記『帰国』

シャインマスカットの佇まいが

美しいと思えるのは味を知っているからか、それとも例え中身が酸っぱくとも

美しいと思えるのか、

そんなことをホテルの中で考えていた。

恐らくこの果物が僕にとって一つの幸福と

分かっているからこれは美しいのだろう。

外見の美しさは中身に起因する事が多い訳である。

この葡萄は山梨に旅行に行った母からの贈り物だった。



1年振りに帰国している。

時差に滅法弱く、

いつもこれに苦しめられるのだが、

ヤマさんの優しさか、

僕に時差ボケを感じさせる暇がないくらい

仕事が入っている。

着いた当日にすぐ商談、

翌日はクライアントの展示会、

その次の日からは名古屋、広島、大阪と

23日の出張が待っていた。


清潔さが誇張された

ビジネスホテルのシーツに

久しぶりの感覚を覚える。

小振りなグラスに付いた水滴に

郷愁を覚える。

空港を降りてすぐには馴染めなかった

ふわっとしたあの感覚は湿気のせいか。


兎に角、沢山のことを忘れている。

エスカレーターの左に並ぶとか、

Suicaのチャージには

クレジットカードが使えないだとか、

イヤホンを着けながら踊ってはいけないだとか。


かぶれたといえばそうなのかもしれないが、

それよりも日本の詳細まで

覚えておくことが出来なかったくらいに

容量の少ない僕の頭は一杯になっていたという表現が正しい気がする。


ビザ次第なところがあるのだが、

恐らく10月末頃までの滞在になる予定である。

たくさん会いたい人がいるし、

整体とかエステとか温泉だとかの

メンテナンスにも時間を取りたいし、

鰻ととんかつが食べたい。

ピザとパスタにはあまり誘わないでください。ケバブは見たくもありません。


今日の1曲は東京を題材にしたものが

良いのかと思う。

数多ある東京ソングだが、

今回はこれかな。


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"東京の街に出てきました 

相変わらず訳の分からない事を言ってます

恥ずかしい事無いように見えますか

駅でたまに昔の君が懐かしくなります


君がいない事君と上手く話せない事

君が素敵だった事忘れてしまった事"


東京/くるり