シミ

ひっぱり出してきたスウェードのジャケットからは丸い独特の匂いがする。まさか8月に袖を通す事になるとは思ってもいなかった。まして内にはモヘアのカーディガンを羽織っている。とりわけ夏に思い入れが強い方では無いのだが、それでもクローゼットを眺める…

日曜日

友人宅からの帰り道、暗がりに沈む太陽をみた日曜日。おろしたてのスニーカーを得意げに見下ろしながら思う。この一歩が何処へ続いているのかを。貴方がそこに居て、僕がここに居る。生まれ落ちる命がある分、消え去る命が須くある。この赤茶の煉瓦が積み上…

マーチングバンド

ピアノ三重奏の静かな冬の終わりもマーチングバンドの行進のような春も思い描いていたものは何ひとつ聴き取れないまま、初夏に入ろうとしている。あるいは今年の夏は高気圧な入道雲に思うアコースティックギターのアルペジオも夜に聴く暑苦しいソウルも感じ…

退屈日記

退屈である。実に退屈である。椿が咲き誇っては枯れていく中、僕は退屈している。カラスすらも春仕様の鳴き方になる中、僕は退屈している。君が虚像に向かって糾弾している中、僕は退屈している。こんなに僕は退屈しているのに、何にそんなに怒っているのか…

英国退屈日記『話し方』

食べ方、書き方、話し方。人の品性が露見する3要素だと僕は思っている。因みに1つも自信はない。特に書き方なんてものは僕は下の下である。習字を習わせてくれていた両親とその先生には申し訳が立たない。原因は明らかで、持ち方が汚いのである。何度も直す…

なぞる

1泊2日の出張を終えて帰宅すると、カサブランカの花が咲いていた。むんと立ち込める花の香りは、黄味を帯びていて、誰も居なかった家の静けさを誇張した。僕はソウルライターの写真集”In my room”を取り出してページをめくる。乾燥した指を切らないようにペ…

英国退屈日記『交通機関』

等間隔に並んだ電灯が一定の速さで向かってきては過ぎてゆく。窓は反射して僕の顔を映す。流れる時間にも規則性があり淀むことがない。これらは僕にケミカルブラザーズのMVを思い起こさせる。確か監督はミシェル・ゴンドリーであったか。仕事上移動の多い僕…

自省録

急須にお湯を注ぐでしょ。そうするとお茶の葉がぐるぐると回って中身が慌ただしくなるんだ。それが下にゆっくりと沈んでいって、そこからだいたい1分くらいだね。じっと待つの。寂しさを鎮める時に僕がイメージする事である。こんな話をするのは恥ずかしいし…

パリ退屈日記:2

許された40分そこそこでランチを食べに、近くのフレンチに入った。店内ではベートーヴェンの交響曲第2番が流れている。クラシックを聴かない僕でも、この位は分かるのだ。ZAZEN BOYSでも流れれば良いのにな、と思いつつ、鴨のソテーと炭酸水を頼む。ここは立…

拝啓、何方様

お元気ですか。僕は元気です。ロンドンの12月は、小姑のような細雨と、新婦のような突然の豪雨、それに加えて角のある寒さが続いています。乾いたテレキャスターの音に、身体を揺らした夏を恋しく思います。これが今年最後の手紙になると思います。思えば手…

11月14日

『現地時刻11月14日15時13分、気温6度、晴れ。ロンドンでは日本より一足早く、クリスマスムードに街が彩られ、あちこちでイルミネーションが点灯しているようです。』客室乗務員が良く濾されたビシソワーズの様な、まるくほんのりと甘い声でロンドン・ヒース…

大きな流れ、享受、諦念の類について

僕はアクセサリーを付けない。装飾品の類は煩わしいし、毎朝着けては外すの作業が苦手である。しかしながら、僕の右手には、銀製のバングルが2つと、金製の指輪が1つ着いている。これらはどちらかと言うと、お守りに近いもので、寝る時も風呂に入る時も外…

来世について語る時に僕らが語ること

都営大江戸線で都心に向かう途中、新宿に着く頃に、乳白色のつるっとした表側の壁が目に入る。その裏側の鼠色の大きな凹凸のある壁には、湿気を帯びて黒ずんだほこりが時間をかけて塊になっている。僕はそこにいる。ショーウィンドウでは、地毛のくるくると…

過剰広告

口で言えば済みそうな注意書きが所狭しとそれも力強く張り巡らされている月島の銭湯に居た。女湯と男湯が交代制になっていて、1つには露天風呂が付いているが、もう1つには付いていない。こじんまりとしていて、5人も湯船に浸かれば溢れてしまうような場所…

英国退屈日記『クレーン車』

渡英する前に僕は幡ヶ谷に住んでいて、トモヒロという同居人がいた。幡ヶ谷には代々木上原に繋がる坂道があって、たまに自転車でどちらが先に上に着くか競ったりしていた。その坂の並びには、よく行く山盛りのカレー屋や、サンダーキャットのレコードが5000…

『高輪大木戸』

"お客さん寒くないですか。丁度は人でまちまちなものでね。最近は涼しくなってきましたし、身体を崩さないようにしないといけないねぇ。"確かにこの日の夜は少し涼しかった。品川の辺りで飲んでいた僕は終電をとうの昔に無くしていて、名は分からないが大通…

英国退屈日記『帰国』

シャインマスカットの佇まいが美しいと思えるのは味を知っているからか、それとも例え中身が酸っぱくとも美しいと思えるのか、そんなことをホテルの中で考えていた。恐らくこの果物が僕にとって一つの幸福と分かっているからこれは美しいのだろう。外見の美…

英国退屈日記『フランス人』

顔と顔を突き合わせて 2時間も3時間も全く実の無い話をしていれば それは間違いなくフランス人だろう。 鳩が身を竦めてごもごもとするそれに似ている。(断っておくが卑下している訳ではない。) アクセントに角が無く、 丸い音の紡ぎは僕にそれを連想させる。…

そこに愛はあるかい

かなりタイトなパリ出張を終え、引っ越しやビザの手配、日本に帰る準備にと、音が聞こえるくらいバタバタとしているうちに、いつの間にか26歳になっていた。この一年が怒涛のものになると、予想はしていたがそんなものではなかった。春夏秋冬が1日のうちにい…

コスモス

入道雲もとい高気圧ガールは影を潜め、代わりに靄のようなすーっと薄い雲がかかり、コスモスが顔を覗かせ始めた。雑草の中のそれに目を取られるのは、それが花然としていないからか。自意識が強いものは何者であろうが、美しくないという訳である。 去年の11…

英国退屈日記『タイミング』

全てのものにはすべからくタイミングがあって、年単位でのタイミングから、刹那で終わるタイミングまで、期間は様々である。中学の頃に所属していた、サッカークラブの監督(ハゲと言うと怒る)が、当時彼が書いていたブログで、確か言っていたのだが、"本にも…

1分未満

去年の8月に下見を兼ねて、ロンドンを訪れた時から、早くも1年が経とうとしている。パリに比べ近代的な建物も割とあるロンドンには、東京に似た雰囲気を覚え、親近感が湧いた。去年の日本の夏は、やたらめったらに暑く、遂には病院で点滴を打ったほどだった…

英国退屈日記『準備』

マニキュアのツンとしたシンナーの匂いと共に、パリに向かっている。チケットを取るのが遅くなってしまった為、向い合わせの席にイギリス人とアメリカ人の3人女子旅グループに相席という形になってしまった。彼女らはパリの地図を広げ、白ワインを片手に少…

英国退屈日記『美的感覚』

僕とした事が、ここ1ヶ月半くらい、やや行き詰まった感覚を覚え、なかなか抜け出せないでいた。行き詰まるも何も、何処にも行けてなどいないのだが、感覚的な話である。靴を磨いても、花を活けても、無論酒なんて飲んだところでも、樹林の晴れぬ靄の様なもの…

英国退屈日記『夏』

冬より夏の方が、簡単に季語を思い付くのは何故だろうか。甲子園に、線香花火に、市民プール、クーラー、玉置浩二に、真心ブラザーズ、スチャダラパーに、TUBE。玉置浩二の田園なんて夏の季語にうってつけである。その殆どが無いロンドンでは、相変わらずビ…

8キロ圏内

やたらと語尾にアクセントを付けたがる国、イタリアはミラノにいる。もう少し詳しく伝えると、両親と相部屋の、シングルベッドの3分の2くらいの、エクストラベッドのノリの効きすぎたシーツの上にいる。先週の中頃から、両親が僕の元を訪れており、せっかく…

拝啓

梅雨空で蒸し暑い日々が続く日本と聞いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。(謎の食欲不振、唐突な肌荒れ、隠し切れない足腰の衰えを除いて)僕は元気です。ロンドンでは、夏になりきれないなんとも歯痒い日々が続いており、僕自身も過去は捨てきれず、…

英国退屈日記『感性』

滑走路の赤色の灯が、右翼に吸い込まれては、また反対側から現れる。単調なリズムを急かす様に、前の座席の子供が泣き声を強める。赤い点で在ったものが線に代わり、遂には窓枠から消える。鮮やかだった光が消滅して見えなくなる。フィレンツェで4日間ほど…

大きなカマキリ

公園の近くに住んでいる公園じいちゃんは、 元々、祖父の仕事仲間で、血縁関係はない。 それでも小さい頃、よく遊びに行っていた。 まだ幼稚園くらいの僕相手に、 相撲をしてくれた。 僕は公園じいちゃん相手に相撲で負けたことがない。 いつもいつも頃合い…

1北野

元より飽きやすい性分である僕は、 趣味が多い。 全てが素人の域は越えず、 もしかすると趣味とは 呼べないのかもしれない。 しかしながら、高校1年の時に、 祖父に買ってもらった ミラーレス一眼から始まったカメラ、 ぼくの心臓同様(不整脈持ちなのである)…