英国退屈日記:万国共通

両耳に嵌めたイヤホンからは

アンディウィリアムスのAlmost Thereが

流れている。

ボクシングデーのセール商戦を

病み真っ只中の身体で戦い抜き、

ボンドストリート駅の階段を下り、

ディストリクトラインに

向かっていた。


小サビでアンディが

いよいよパラダイスを

見つけまいとしている時に

僕の肩を誰かが叩いた。


喉は痛いし、おそらく熱はあったし、

静かに帰りたいだけだったのだが、

仕方なく左耳のイヤホンを外し、

顔を横に向ける。

話し方からして恐らくイタリア人であろう。

独特の巻き舌に絡め取られた英語は

全く耳に入ってこない。

ピカデリーラインは何処かと彼が尋ねる。

ボンドストリート駅にはピカデリーラインは

通っていない。

どこに向かいたいのか聞くと、

リッチモンドだ、という。

リッチモンドにもやはり

ピカデリーラインは通っていない。

オーバーグラウンドか、

僕と同じくディストリクトラインに

乗る他ない。


仕方なく一緒にディストリクトラインまで

向かい、隣の席に座らせる。

僕に話しかけて来たイタリア人には

連れがいて、心底疲れ切っている様子であった。

限りなくゼロに近い生気を振り絞り彼が目的地を僕に示す。

ボンドストリートから、リッチモンドへは

30分強。その後彼らはバスを2回乗り換え、もう名前も忘れたがまず聞いたこともない場所へと向かっていた。

其処へはリッチモンドから更に2時間半かかるのだ。

その後彼が僕に口を聞く事は一度もなかった。


一方で僕に道を尋ねて来た彼は、

ひたすらに喋る。名をネロと言う。

嵐のスペイン人に引きを取らない勢いである。

彼曰く、3つの会社を経営しているらしい。

はじめの1つは忘れたが、1つは税務関係で、最後のは教育関係。

よくよく聞いていると教育というのも、

どうやって金を稼ぐか、というセミナーを

開いているらしい。

日本でもよく目にするアレだ。

彼は続ける。

『今日のことを考えるな、明日の事を考えろ。』

僕は思う。

こんな事だからいつまで経っても

目的地に着かないのだ。

更に彼は言う。

『自分自身で物事を進めるな、人を使え。』

仰られる通り彼は、

友人の生気を根絶やしにし、

体調の悪い僕を捕まえて

道案内をさせている。


この後も、世界どこにいても

1時間あれば人生を変えられるだの、

彼は僕の友人でと、

トランプ大統領の横でぎこちない笑顔を作る

男の写真を見せられたりした。

そこまでの大物なのに、

地下鉄に乗るとは

彼の庶民派思考には頭が下がる思いだ。


やっとの思いで、リッチモンドまで

辿り着き、彼等をバス停まで連れて行き、

僕は帰路に着いた。

意識高い系は日本独自のものかと

思っていたが、

万国共通であるみたいだ。



実はこの日、夕方に訪れた

テーマパークのアトラクションで

地上50mくらいの場所で

15分程放置されたり、

一張羅の白いセーターに

ワインを掛けられたりと

何かと災難な日であったのだ。


英国退屈日記の真骨頂である。


今年が後厄である僕は、

厄祓いをしてくれた地元の神主を

恨みながら床に就いたのだった。


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"叩く事だけが    戦いじゃないでしょ

鳴らす事だけが 音楽じゃないでしょ

泣かない事は     強さじゃないでしょ

叩く事だけが     戦いじゃない"


叩かない戦い/在日ファンク