英国退屈日記:流し

露店で拵えた様なキャスケットに、

視力を矯正する為だけに掛けている眼鏡。

昼間からはしご酒。

吉田類の酒場放浪記だ。

お馴染みのあの曲は

The KlezmorimのEgyptian Fantasy 

邦名は"エジプトの幻想"という。

妙な組み合わせであるが、これが何故かしっくりくるのだ。

 

いかにも吉田類が好みそうな一本奥にある飲み屋横丁に

軒を連ねる居酒屋を僕らは赤提灯系と呼んでいる。

昔はそんな赤提灯系の居酒屋に”流し”と呼ばれる、

アコースティックギターアコーディオンを片手に

客の好みに合わせて曲を弾く楽師達がいた。

確か僕らの(僕と僕の祖母を指す)北島三郎ことサブちゃんも

”流し”上りだったと思う。

 

川端康成著の”伊豆の踊子”では流しの芸人一座が登場する。

主人公の青年はその旅一座の芸者である踊子に恋をするのだが

その踊子の純粋無垢さに引かれる孤独な主人公の姿に、

僕は強く憧れたことを覚えてる。

 

流しの彼らは僕が酒を飲めるようになった頃には、

シベリアに生息するマナヅルほどの数になってしまっており、

実際にお目にかかった事はない。

 

本や映画、人の話に聞くところ、

いかにも日本らしい風情、趣が感じられるものであって、

もし僕がその場に居合わせることができたなら、

河島英五の”酒と泪と男と女”に始まって、

さだまさしの”精霊流し”も掛けてもらおうなんて妄想している。

吉田拓郎の”結婚しようよ”なんてのもいいなと思う。

渡邉家としてはイルカの”なごり雪”とかぐや姫の”神田川”も外せない。

 

ちなみに海外でも”流し”がいる。今もいる。

僕はパリとロンドンでしか出会ったことがないが、

おそらく他の都市でもいるのであろう。

先日僕が(確か商談帰りか何かであった)電車に乗っていると、

進行方向とは逆の車両から爆音のサンバが聞こえてきた。

割と夜も遅く、僕は疲れていたのでただ活字として認めるだけの読書をしていた。

するとその爆音が徐々に近づいてくるのである。

堪らず顔を上げると僕のすぐ横にラテン系の顔をした男3人が

轟音と共に立っていた。

一人はトランペット、一人は中太鼓、残りの一人は7歳児ほどの大きさの

スピーカーを持っていた。

ラテン系の(残念ながら曲名がわからない)曲が終わったかと思えば、

ビリー・ストレイホーンの”A列車で行こう”を演奏し始めた。

元来ビッグバンド用の曲を3人で挑んだ心意気は認めるが、

トランペットソロと中太鼓によるアレンジ以外は、

そのスピーカーから流れるボリュームを上げすぎた時に起こる、

聞くに耐えない割れた音に全てを委ねていた。

僕の前に座っていた昔はさぞ端正な顔つきであっただろう事が伺える老紳士は

両指でワインのコルクを再度ねじ込むような勢いで耳を塞いでいた。

僕としても疲れていたし、全くを持って愉快な気分にはならなかった。

一通り演奏が済むとトランペット担当が僕の前に立ち、

チップを要求してくる。もちろんあげない。

諦めた様子で、次に老紳士の前に立ちはだかる。もちろんあげない。

その後彼らは次の車両に移り、シナトラの”ニューヨーク・ニューヨーク”を

演奏していた。ロンドンでその選曲をする心意気も認めたいと思う。

ちなみにパリで出会った流しは家庭用の持ち運びが出来るカラオケ機を

列車内に持ち込み、DAMの採点では点数も付かないような酷い歌声を披露していた。

何かの罰ゲームであったに違いない。

 

最後に折角サブちゃんが登場したので思い出話をひとつ。

まだ僕が小学校に上がるか上がらないかくらいだったと思うのだが、

今はなき、新宿コマ劇場に毎年祖母と母とでサブちゃんのコンサートを

見に行っていた。(僕はポケモンセンターを餌に連れ出されていた。)

サブちゃんは決まって最後に龍やら七福神(だったと思う)が乗っている宝船に乗って登場する。歌う曲はもちろん”まつり”である。

その龍の鼻の穴が異様に大きく、(念のため、サブちゃんは鼻の穴が大きい事で有名)

漆黒のブラックホールが2つ横並びで今にも観客の60年前の女子高生達(僕は巣鴨に住んでからおばあちゃん達をこう呼んでいるのだ)を、今にも飲み込みそうな勢いで鎮座している。そのブラックホールから威勢よくスモークが噴射されるのだがそれを見て”女子高生”達は大喜びしているのだった。

ちなみに北島三郎が馬主の”キタサンブラック”はこの逸話から取った馬名だそうだ。

 

もちろん嘘である。

 

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”銭の重さを数えても 帰るあてはない

二百海里をギリギリに 網を掛けていく

海の男にゃヨ 怒涛(なみ)が華になる

北の漁場はヨ 男の死に場所サ”

 

北の漁場/北島三郎