二十億光年の孤独

人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする
 
火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或いは ネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ


谷川俊太郎作 二十億光年の孤独からの引用だ。

義務教育で習うくらいの詩人しか知らない僕だか、その中でも好きなのは谷川俊太郎だ。

ちょうど最近"二十億光年の孤独"を思い出すような出来事があったのだ。


18歳ブラジル人の話だ。


彼は最近母国の大学に入ったばかりで、

その大学の休暇を利用してこちらに滞在していた。

僕は彼から毎日のように昼食に誘われ、

こちらは仕事があると言っているのにも関わらず、

『ジャパニーズ イズ ナンバーワン』

等とぬかし、ほぼ強引に昼食に連れ出された。

日系のコミュニティが世界一の規模を誇るブラジル生まれの彼であるから、

親日家であってもおかしくは無いのだ。

(おそらく)ロンドンで食せる日本食の中で、

1番うまいところに連れて行って、

寿司を食わせてやったり、

僕の家系の家紋を見せてやったり、

博物館で甲冑を着た武士を見せて、

これうちのじいちゃんなんだよ、

なんて教え込んだ。


法律を学ぶ彼はおそらく良い育ちで、

大きなその瞳には曇りや陰りというものが

一点も伺えなかった。

青年から成人への狭間の危うさを孕んだ、

少しでも傷がつけば死んでしまう薄い殻を纏った蛹のような印象を覚える。

いつも僕のことを気にかけてくれ、

『カズ、しっかり勉強しなきゃだめだよ。絶対君の為になるから。』と、毎日のように言われた。

その度にキットカットを一切れあげた。

少なくとも18歳まではキットカットは有効のようだ。

お礼にとブラジル(厳密にはポルトガルのものだが)の、なんとかというタルトをご馳走してくれた。


出国前日にもその前の週にも送別会を開いてやったのにも関わらず、

『お願いだから出国の日は一緒にご飯食べようよ。』

と言うので、何が食べたいのか聞くと、

ケンタッキーがいいと言う。

最終日にそんなものでいいのか

甚だ疑問であったが、聞くところによると

ブラジルにはケンタッキーが無いらしい。


たかが1ヶ月の間友人であっただけだが、

見送りの際にはなんでだか泣きそうになってしまった。

因みに彼は満面の笑みだった。


彼が帰国して数日してから連絡があった。

将来は僕と一緒に仕事をしたいとの事だった。

法学部卒の人間とどう仕事が出来るか、

今の僕にはわからないが、

悪い気はしなかった。

『もうお母さんにも言ったんだ、そしたらとりあえず大学を卒業してから考えなさいって言われたよ。』

全くその通りだと思う。

あと2.3ヶ月もすれば、

すっかりこんなことは忘れるだろうから、

とりあえず僕が願うのは、

彼の薄い殻が何者かに傷つけられるような事がないといいなと言う事だ。


異国の地で、地球人であり、火星人でもある、僕とジョアオはやはり仲間を求めていたのだろう。

異なる環境下の刺激を求めながら、

それと同時に仲間を探したりするのだ。

これからここが僕の小さな球になるとして、

一体火星はどこになるのだろうか。


最後は谷川俊太郎の中で1番好きな詩を。


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"どっかに行こうと私が言う

どこ行こうかとあなたが言う

ここもいいなと私が言う

ここでもいいねとあなたが言う

言ってるうちに日が暮れて

ここがどこかになっていく"



ここ/谷川俊太郎