英国退屈日記『準備』

マニキュアのツンとしたシンナーの匂いと共に、パリに向かっている。

チケットを取るのが遅くなってしまった為、

向い合わせの席にイギリス人とアメリカ人の3人女子旅グループに

相席という形になってしまった。

彼女らはパリの地図を広げ、白ワインを片手に

少しマヨネーズが多かったオーロラソースのような色合いのマニキュアを

せっせかと塗っている。

8月に差し掛かり、みんなバケーションなのである。

せっかくの夏休みにわざわざパリを選ぶなんて、ケッタイな話である。

傍僕は、米俵(今時、米俵といっても何キロなのかわからない人が多いかもしれない、60kgである。)の半分程のキャリーケースを引きづり、

仕事のメールを返し、金払いの悪いクライアントと格闘中である。

ユーロスターWi-Fiは相変わらず使い物にならず、諦めてこれを書いている次第だ。


ロンドンは先週3日ほど、35度越えの日々が続き、

これで恐らく夏は終わった。

後は長く寒い冬の訪れを、短すぎる夏への諦めと不満を未練たらしく口にしながら待つだけである。




ジェイクというイギリス人がいて、彼はテーラリングの店を経営してる。

スタイルのある良い服を作る。

先日彼と商談をしていると、おもむろに白色のブレザーを引っ張り出してきて、

鏡の前で合わせ始めた。

”カズ、これにネイビーのパンツとエスパドリーユを合わせようと思うんだけど、どう思う。これにボウタイするんだ。”と尋ねてきた。

この手の質問は、答えが自分の中で既に決まっていると相場が決まっている為、

良いんじゃないかなと、答えておいた。

どこか行くのと尋ねると、土曜日に友達とパーティを開くらしかった。

その日は確かまだ水曜日で、今から土曜日の準備か、

今日の俺とのミーティングはどこへ行ったのかと思いながらも、話を聞いていた。

ただ僕もネクタイを締めて、スーツに革靴なんて久しくしておらず、

たまにはきちんとした格好をして出掛ける事もしなければなと思った。

また、何かの事柄や人に対して、掛けた準備期間、時間はそれらへの尊敬尊重、または期待のパーセンテージと同義であり、

丁寧に一つずつ準備する事もやはり大切であるなと感じる。

この話は以前にしたであろうか。最近物忘れも多く、全く覚えていない。

こうやって同じ話を何度もするオヤジが出来上がって行くのである。




きちんとした格好をするということはやはり大切なことであって、

日々洋服を選ぶ際に一番大切な事は、その日に会う人を思った格好をするという事だ。

人、環境、場所に合わせた服装が出来るかが、最も大切なのである。

”オシャレ”なんてものは二の次であるし、TPOを弁えられないオシャレは、格好が悪い。

基本的には清潔感が大切であるし、しかし場合によっては、きちんとした格好が馴染まない状況もあるだろう。

”いつも素敵な格好をしている人だが、何をきているかって聞かれるとあの人は何を着ていたっけ。”

これが理想である。これ見よがしな派手な格好は、自分は想像力が乏しいですと言っているようなものである。

ひとつ青を取っても、赤い青や、黒い青、緑味の青など様々にあって、

ここを取り違えるとワントーンでまとめていてもチグハグな印象になるのである。

自分の体型、肌の色、服の色味にもっと注目しなければならない。


今日会うあの人は普段何を着ていただろう、音楽の趣味は、思想や、趣味はなんであったか、

そういったことを考えた上で、服装を選ぶことが一つの敬意を表す方法なのでは無いだろうか。

そう考えてみると、Tシャツとジーンズしか持っていない自称ミニマリストは、

場を弁えられず、寄り添うことができないエゴイストという事になる。

僕はそういう業界の端くれにいるから、やはり洋服の可能性や明るさ、楽しさを信じており、

その結果どうしても(言い訳をうまく包み隠す、どうしてもという言葉が僕は好きだ)衣装持ちになってしまうのだが、

TPOを考えれば、小さなクローゼットひとつに一年分の服が収まってしまうなんて訳がないのである。


もう少し話があったのだが、

相席している女子グループの白ワインを飲み干したことであるし、

やれやれ、僕も仕事に戻る事にする。



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”生まれ育ったその環境、歴史、思想全てブチ込んで 表すことが出来ればいい

意味がわからん言葉で意思の疎通を計りたい 犬猫畜生と分かち合いたいのだ 

貴様に伝えたい 俺のこのキモチを”


KIMOCHI/ZAZEN BOYS