1分未満

去年の8月に下見を兼ねて、

ロンドンを訪れた時から、

早くも1年が経とうとしている。

パリに比べ近代的な建物も

割とあるロンドンには、

東京に似た雰囲気を覚え、

親近感が湧いた。

去年の日本の夏は、やたらめったらに暑く、

遂には病院で点滴を打ったほどだった。

あれから一年僕の周りは目紛しく動き続け、

カナヅチの人がやっとの思いで

息継ぎをするような、

成る程これは大変であった。

慌ただしくしていると、客観性を欠き、

自分だけが大変かのような錯覚に陥るからいけない。

それにしても1年という物は、

まさに光陰矢の如し、あっという間である。


先日日本から来た齢20歳の、

モデルをしている男の子と飲みの場で一緒になった。

土地柄日本から来るモデルの子は、

珍しくは無くたまに僕の周りにもいるのだが、

大きく見れば業界は繋がっているもののの、僕が右であれば彼らは左の先端に位置するほど関係性が無いため、

あまり深く考えたこともなかった。

ショーモデルは、広告系のモデルよりも

寿命が短く、30歳前で大概の人は消えていくという。

大概の人が、東京、パリ、ロンドン、ニューヨークと各拠点の事務所に所属しており、

その彼は正に今、パリとロンドンに

事務所を探しに来ているところであった。


僕らから見れば、ハタチの男の子であるが、

彼にしてみればモデル生命が後10年も無いかもしれない訳で、これは必死である。

この職業は一見華やかに見えるし、

もしかしたらその通りなのかもしれないが、

自分では動く事のない服を、

着て歩くという行為によって、

動きを与え、各ブランドの顔として、

1分にも満たない時間で、

全てを表現しなければならない、

短距離走の選手のような、

息の詰まる仕事である事も間違いないだろう。

女性が顔に金をかけるのと同じで(僕もなのだが。)、

モデルはブランドの顔というくらいなので、

全身が""の彼らは、先行型の自己投資もかさむだろう。

出ていくばかりのお金に、

落ち続けるオーディション。

考えただけで元から弱い胃が痛む。

50年も働かなくてならないのかと

嘆いているのが恥ずかしくなるではないか。

因みに僕はこの手の嘆きをした事は一度もない。

ただ、彼の様な心持ちで仕事に臨めているか、

危機感を持てているかと思うと、

さて不十分であろう。


目紛しさ、慌ただしさにかまけて、

ぬるい生活をしていたのではないかと、

思う所もある。

後悔はないが反省はあるなと、

大いに思うのである。


ただ、幸い(幸いも何も、成れる要素が1つも無いわけであるが)僕はモデルでは無いため、

まだまだこの仕事で生きていける訳である。

この短い様で長い時間を、

もし彼らの様な思いで過ごして行ければ、

激流の中を流されるだけの人生で、

たまには僕の意思で泳ぐ事も出来るのかもしれない。




モデルになりたいなんておこがましい事は

勿論口に出す気はないので、

僕を身長180センチにしてください。


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"世界の約束を知ってそれなりになってまた戻って

街灯の明かりがまた1つ点いて帰りを急ぐよ

途切れた夢の続きを取り戻したくなって

最後の花火に今年もなったな"


若者のすべて/フジファブリック