なぞる

12日の出張を終えて帰宅すると、

カサブランカの花が咲いていた。

むんと立ち込める花の香りは、

黄味を帯びていて、

誰も居なかった家の静けさを誇張した。

僕はソウルライターの写真集”In my room”

取り出してページをめくる。

乾燥した指を切らないように

ページをめくる。

モノクロで切り取られた

私的な空間を写す彼の写真には、

当時聴いていた曲を思い起こす。

堂々巡りの連想ゲームである。

昨日の朝まで僕の部屋であったこの建て付けの悪い空間を取り戻そうと檜の香を焚くが、

鼻に残った炭くさい香りに負けて、

いつの間にか消えてしまう。



さして気に入ってもいない皿を割った。

具体的な感情にまで成れなかった

淀みのある何かが

胸の中をどろりと流れては消えていった。

その日飲んでいた

シングルモルトのグラスに残された氷は

朝になると溶けて水になっていた。

残りの全ては

何も変わっていないのにも関わらず、

氷だけが姿を変えていた。


目の荒い画用紙にクレヨンで

乱暴に描き殴る輪郭もない絵というより、

2B位の鉛筆で同じ点と点の間を、

薄く何度も何度もなぞり、

やがてはっきりとなるまで、

同じ箇所をなぞり続ける。

はみ出た線を消しても、

跡だけは残ってしまう。


差し詰め今の僕を表現すると

この様なものである。




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"暗い話を聞きたいが笑って聞いていいのかな

思い出して眠れずに夜を明かした日のことも

同じような記憶がある 

同じような日々を生きている

寂しいと叫ぶには 僕はあまりにくだらない"


くせのうた/星野源