英国退屈日記『サウナ』

僕はいつもJALで日本とイギリスを行き来するのだが、機内誌がひとつの楽しみである。

その中に浅田次郎が連載している"つばさよつばさ"というエッセイがあるのだが、

いつだったか日本へ向かっている機内で読んだそれがサウナについてだった。

 

彼は昔から無類のサウナ好きだったようで、

日本初の銀座にあったサウナにも通っていたらしい。(後で調べると東京温泉という名だった。)

そのエッセイの中では、昨今のサウナブームを憂いている。

要は今のサウナにはテレビなんかが付いていて、彼の思う形ではないという事だ。

元来サウナというものは、唸っているおじさんたちの横で自分と向き合う閉ざされた空間であるべきだと彼は言う。

今のサウナ好きは"サウナー"で、我々元祖サウナ好きは"サウニスト"なのであると述べている。

 

かく言う僕はサウナ歴で言えば長いが、

"サウニスト"(と自称するにはまだ自信が無い)としての活動歴はさほど長くは無い。

7年くらいであろうか。

それでもロンドンに来てからというもの、

なにが恋しいと言われればサウナなのであった。

日本食なんかは自分でも作れるし、

本も日本酒もこの時代どうにでもなる訳である。

しかしながらサウナばっかりは自分で作ることも日本から送ることも出来ない。

ハマムという中東のミストサウナはあるので、

時折それに通ってサウナ欲を凌いでいたのだが、あのカツンとくる高温のサウナには似ても似つかない代物なのである。

 

もうどうしてもダメだなと思い改めて調べてみるとあるでは無いか、サウナ。

ただただ僕がうまく調べて無かっただけであった。

所詮僕もサウニストの域を出ないということか。

 

最寄りのジムに高温サウナが付いていることを知った僕はすぐ入会して、はや1年半位になる。

こちらのサウナは水着を着て男女問わず一緒に入る。

6人も入ってしまえば満員になるこぢんまりした作りなのだが、それでも何にも変え難い空間であるのだ。

1つ残念なのは水風呂が無いことで、

横に付いているぬるま湯のシャワーを浴びて、

隣接する25mプールに飛び込むのがここのスタンダード。

締まりきっていない鯖寿司のような心持ちで、

縁にあるリクライニングチェアに横たわる。

これを2〜3セットする。

 

ここのサウナにはもちろんテレビなんかは付いていない。

興味のないバラエティや扇動的なニュースに邪魔される事がない。

とにかく自分と向き合う時間があるのだ。

 

、、、と思っていると扉が開いて1人入ってくる。恐らくイギリス人だろう。

白い肌に狩猟民族丸出しの隆々とした筋肉が一寸の隙間無く身体を覆っている。

ジムでトレーニングした後で休憩に来ている訳だ。

一方その頃こちらと言えば、湿気ったマッチ棒にしゃぶしゃぶ用の豚肉を巻いたような青白い身体をしている訳で、明らかに農耕民族(そもそも畑なんか耕したこともなければ漬物と白米だけを食べてるわけでもないのに)のソレで、膝下の長さなんて比べてみた日には、西洋崇拝の観念が一切ない僕でも悲しくなる位である。

こうなってしまうと、1人自分自身と向き合うだけにはいかないのである。

そもそも暑さに弱い西岸海洋性気候の奴らよりも先に、ほぼ亜熱帯気候の日本出身の僕がこの部屋を出る訳には行かないのだ。

2分ほど僕の方が先に入っていたが、

その位はハンデとしてくれてやろう。

ワールドカップが行われているからか、

いつの間にか日本を背負って僕はピッチに立っている。(正確には木製のベンチにただ座っているだけである。) 

彼もそんな僕に気付いてかは分からないが、

時折僕の様子を覗く。

無論、僕は恰も初夏の公園のベンチに座っているかのような涼しげな顔をしている。

 

相手の息が荒くなる。

ストレッチやマッサージをして気を紛らわせているのだが、なかなか思うようには落ちてくれない砂時計に頻繁に目をやる。

 

僕はまだ涼しい。曹洞宗を宗派に持つ家出身の僕としては火もまた涼しなのだ。

 

それから5分くらいして、

彼は小さく"All right"と呟いてサウナを後にする。

 

試合終了。

 

僕も直ぐに出ては決まりが悪いので、2分くらいアディショナルタイムを過ごしてからこちらもシャワーへ向かう。

 

お気付きだと思うが、なんとも仕様もない戦いである。好きなものを先に食べるか後に食べるか論争よりも一層どうでもいい。

分かってはいるのだが、どうしても勝って出たいのだ。

 

ベンチで少し休んでから、2周目に挑む。

 

5分くらいしているとまた扉が開く。

5分のハンデは少々厳しいかとどれどれ顔を上げると、

そこには携帯片手にイヤホンをつけて、ランニングパンツを履いた恐らくカリブ系の男が入ってきた。上半身は裸なのだが、なんと靴下もスニーカーも履いているのである!

80度程あるサウナのはずなのに。

本場の熱帯気候出身には勝てないと、

僕は足早にサウナを後にしたのだった。

 

 

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"恥ずかしい あなたが私を見ている

恥ずかしい 思いをすること無く見ている
ずるい

いつものようなフリしても 持つ手が震えてる
バカな奴らは騙せても あなたは見抜いてる

今なら ありのままの姿"

 

恥ずかしい/在日ファンク