英国退屈日記『何度目かのパリ』

信号を待っていると地下鉄の振動が足に伝わってくる。

僕の後ろをサンタクロースの帽子を被った子供たちが通る。

大寒波に凍えるアジア人の僕は彼らにどう映っているのだろう。

正確には彼らには何も映っていないのだ。

今日で年内の学校を終えた彼らには、橙色の電気に飾られたパリの街並みと目前のクリスマスしか目に入らないのである。

 

キリスト教でも無い僕からするとやはりクリスマスはラブソングだなと思う訳で(感覚的には正月にラブソング聴いているくらい本来はおかしな話である)、

BerlinのTake My Breath AwayとかWhitney HoustonのSaving All My Love For Youとか流してみるが、

パリの街並みにアメリカの曲はめっきり合わず、

いやいや、フランスのラブソングをと思うのだが所詮Edith Piaf位しか知らず、

年末恒例の尾崎紀世彦にはまだ時期尚早で、

自然と明菜とか渡辺真知子あたりに行き着いてしまう。

これでは、消毒液か、と思うくらいに濃い茶割を片手にした深夜のゴールデン街と差し詰め変わりがない。

 

確か前回のパリは夏前だったのにとても暑い日で、町中を舞う砂埃で喉を痛めた記憶がある。

空気汚染は上海と同じレベルだそうだ。

粘膜系が弱い、桐箱育ちの僕は絶対に住めないなと改めて思う。

フランス人の何か喉に詰まらせたような話し方はこの為か?と思うくらいである。


蜂蜜漬けa.k.a 桐箱育ちのエピソードはたくさんあって、

苺のヘタは必ず切って出してもらわないと食べられないとか、

蟹も途中でイライラしてしまって身を取ってもらうとか、

挙げ出したら桐(きり)がないくらいだ。(会場ドカン。)

 


僕の仕事は大体半年後のショーに向けて、

客と生地を作ったり、当てがったりする訳なのだが、今回は2024年の春夏物の商談で、

まだ裏革の手袋をはめて、太畝のコール天のジャケットにコートという装いでいるにも関わらず、

麻やマドラスチェックなんかの触っただけでも風邪を引きそうなものを見せるのである。

今の季節に合っていない生地に喉を痛めさせられる前に早々に商談を終えて、客との会食までの間にジャケットを買いに行った。

既製の物だが、1着スーツを誂えるくらい値段の張るものだった。

友人がこのブランドでパタンナーをしていて、しかもこのジャケットのパターンも見ていること、

デザイナーがそろそろ変わるのではと巷で噂されていたこと、

イタリアのとりわけ好きな工場で縫製されていたことなど、

言い訳で自らを理詰めして購入した。


いつも大切な買い物は何故かパリが多く、

英国に住まいを移した時に、決意として買った革靴、

ケジメとしてのソールライターの写真集、

他にも何かとパリが多い。

僕にとってのパリはある種、人生の区切りだったり、これまで歩んできた(というとおこがましいが)時間の栞、時には句読点のようなそんな存在なのかもしれない。

 


植木等のスーダラ節は元々彼が新しいネクタイを買った時に、周りに気がついて欲しくて注目を集めるために歌っていたそうなのだが、僕にも今その気持ちが分かる。

 


帰りのユーロスターで歌ってロンドンに帰ろうと思う。

 

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"ねらった大穴 見事にはずれ
頭かっと来て 最終レース
気がつきゃ ボーナスァ

すっからかんのカラカラ
馬で金もうけ した奴ぁないよ
分かっちゃいるけど やめられない

ア ホレ スイスイ スーララッタ
スラスラ スイスイスイ"

 

スーダラ節/植木等