英国退屈日記:ウィスキー

「ハッピー ラッキー ウィスキー」

 

大きく口をあけてもう一度。

 

「ハッピー ラッキー ウィスキー」

 

反吐が出るほど嫌いな百貨店の研修で

必ずやらされる笑顔の作り方である。

 

今日の題は笑顔でもなく、百貨店でもなく、ウィスキーについてだ。

 

何故か僕は蒸留酒を飲む分にはあまり酔わない。

下戸である事には違わないので

勿論一夜で1便吞み干すような事は出来ないし、

仮に酒に強くても間違いなくしないだろう。

 

取り分け、ウィスキーを好んで飲む。

スコッチ派である。

それがマッカランであれば尚良い。

 

マッカランを含むアイリッシュウィスキーは

イギリスの島であるアイラ島に蒸留所を構える。

日本でも馴染みのあるボウモアラフロイグを始め

ジョニーウォーカーの原酒としても用いられるカリラ等、

合わせて8つの蒸留所がある。

堪らまく行きたい。

 

イギリスと言えば、パブ、

パブと言えばエールビールと相場は決まっているらしいが

僕はウィスキーを飲む。

こちらに来る前からそれを楽しみにしていたし、

本場であるから勿論、マッカランなんかは

安く呑めるのだろうと踏んでいた。

ところがどうだろうか、いざ行ってみると、

何処にも見当たらないのである。

何処のパブにも見当たらない。

置いてあるのはバカの一つ覚えに、

グレンフィデックやブッシュミル、

素っ頓狂なパブにはメーカーズマークが置いてあった。

イギリスでわざわざバーボンを飲む者がいるだろうか。

アメリカでフィッシュ&チップスを頼むようなものである。

 

仕方がないのでいつもグレンフィディックをオーダーするのだが

ここでもまた問題が生まれる。

氷だ。

元来、僕はロックで呑むのだが、

イギリスの氷の貧相な事貧相な事。

犬小屋の氷柱のような氷なのである。

アイラウィスキーの重厚な味に耐えきれず、

瞬時に水と化すのだ。

堪らず僕はストレートに飲み方を変えた。

 

先日行ったパブでは日本のウィスキーである響が置いてあった。

ジャパニーズウィスキーの躍進には目を見張るものがある。

先日の日記でも述べたようにプロモーションと売り先を変えた賜物である。

ミズナラを使った響、

加えて日本産では無いがシーバスリーガルのミズナラも美味い。

しかし一等好きなものは宮城峡だ。

先日、NHKクローズアップ現代にて

ジャパニーズウィスキーの特集があった。

末尾にリンクを用意したので是非見て頂きたい。

 

ところでハイボールは日本特有の言い方であり、

こちらでは通じない。

ウィスキーソーダという。

好んでハイボールは呑まないのだが、

ひとつ例外がある。

銀座はコリドー街に店を構える「ロックフィッシュ」である。

コリドー街最後の良心と言っても違いないだろう。

店主の間口さんが作る氷なしのそれは格別に美味い。

角瓶の復刻版を樽ごと仕入れる力の入れようだ。

氷がない分、度数が強いのだが、

ある日、後に寿司が控えていたにも関わらず、

このハイボールを飲み過ぎてしまい、

突き出しの鉄火巻きを食べた後、力尽きて眠り込んでしまった

苦い思い出がある。

 

有名な話だが村上春樹もウィスキーに目がない。

彼の著書にもウィスキーに基づいたシーンや登場人物が

多く見受けられる。

海辺のカフカではジョニーウォーカーという紳士が登場し、

ノルウェイの森ではししゃもをあてにシーバスリーガル、

ねじまき鳥クロニクルではカティーサークであっただろうか。

他にも沢山あるのだが、

僕の最も好きなシーンは

世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド

主人公がウィスキーは歯茎でまず味わうんだと述べるシーンである。

 

アイラウィスキー賛歌である

もしもぼくらの言葉がウィスキーであったならでは、

実際に彼がアイラ島に赴いた際に、

生牡蠣にスコッチを垂らして食したというエピソードがあるのだが

恐らくこれ以上の食べ物はそうないだろう。

身を切るような潮風から逃げ込むようにして入ったアイリッシュバーで

その日に採れた生牡蠣を5つ頼み、ラフロイグあたりを垂らして

一気に流し込む。

くーっ。である。

 

 

 

しかし全くもって書き足りないのだが、先日買ったラフロイグ15年が

このままだと無くなってしまうので、この続きはまたの機会に。

 

それでは、最後にもう一度。

 

「ハッピー ラッキー ウィスキー」

 

 

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”もしも僕らの言葉がウィスキーであったなら、もちろん、これ程苦労することも無かったはずだ。僕は黙ってグラスを差し出し、あなたはそれを受け取って静かに喉に送り込む、それだけで済んだはずだ。とてもシンプルで、とても親密で、とても正確だ。”

 

村上春樹/もしも僕らの言葉がウィスキーであったなら より

 

 

世界で大ブレイク!ジャパニーズ・ウイスキー快進撃の秘密 - NHK クローズアップ現代+

 

英国退屈日記:拘り

Tシャツはポロの白無地。

靴下はブルックスブラザースのこれまた白無地。

歯ブラシは、かなやブラシの馬毛。

整髪料は大島椿。

香水はLELABOのGAIAC。

トラウザーズはダブルの巾4.5センチ仕上げ。

他にももっとあるが、これらは僕の拘りだ。

書いていて嫌になる。

下らないものだと感じる。

 

二十歳そこそこの時は雁字搦めになる程の拘りがあった。

それでこそ男だろう、なんて思っていた。

 

因みに、イギリス人も傘は差すし、

イングリッシュブレックファーストなんて食べない。

ツイードのコートより、カナダグースである。

僕らが抱く英国らしさなんてものは

遠の昔に消え去っているのだ。

 

拘りといえば、真っ先に思い出すものが

池波正太郎著の『男の作法』である。

天麩羅の食い方やビールの注ぎ方、

金の使い方、死への考え方まで

”男たるもの” を事細かく記しているが、

僕の陳腐なそれとは質が違って、

男としての大局観を具体的に綴ったものだ。

未読の方は是非。

 

話は戻って、何かに固執することは、

自らの見識を狭めてしまうし、

人間としてつまらない物になる。

これに例外は無い。

所謂、職人もそうだ。

初めに断わっておきたいのだが、僕は職人と呼ばれる人達に憧れがある。

これ程格好の良い仕事は無い。

その上での話なのだが、工芸品を含む職人達は、

1つの事に拘りを持ち過ぎたが故に

潰れて行くのである。

環境に順応できない物はやはり淘汰されて然るべきなのだ。

作り出す技術は卓越するものを持っていたとしても、

アウトプットが現代にそぐわなければ、何も作っていないのと同義だ。

何も作る物を変えろ、等と言っている訳ではなく、

アプローチの仕方や、プロモーションを変えてはどうかという事だ。

 

また、別の機会に改めてきちんと話すが、

僕が今携わっている業界にも同じことが言える。

産地が潰れているのだ。

産地を活性化させようと躍起になっている行政もあるのだが、

いざ仕事を振ってみると、

『いやこれはやった事がないから出来ない。』

この調子である。

30年前からやっている事が変わらないのだ。

これでは潰れて当然であるし、いる意味がない。

 

先日、ロンドン在住日本人のドンに会う機会があった。

ドンというのは広義での業界のドンだ。

ロンドン、日本間でのファッション関連で

彼が噛んでいない事の方が少ないのではないだろうか。

ブランドのバイイングから、アテンド、内装、執筆まで

兎に角何でもやっている。

顧客も錚々たる顔ぶれだ。

何をしている人かと聞かれると一言では形容出来ない。

そんなドンがこう言っていた。

『今時、”自分は何屋です。”と言った時点で可能性はないよね。』

彼はそのやり方で成功してきたから、と言うのは勿論あるが

僕も同じように感じている。

餅は餅屋の時代ではないし、

そもそも、その餅屋が無くなっているではないか。

餅をアマゾンから買う時代なのだ。

 

小学生の頃から、僕は何をしても大体上手く出来る。

その代わり何かで1位になることもまず無い。

陸上大会も基本3位、作文も優秀賞まではいく。

器用貧乏というやつだ。

恐らく僕は今後もひとつだけを突き詰める事は出来ないし、

それにそこまで興味はない。

だからこそ興味のある事は何でもやってみたいのだ。

 

 

「拘らない事が拘り」である。

 

 

 

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 ”ドキドキしてんのにやめたかないぜ 何も知らないまま笑ってたいぜ”

 

ザ50回転ズ/さよならヒーロー

 

 

 

人相、易断本

”こんな易なんてもので人の運勢なんてわかる訳が無い。”

寅さんの言葉だ。

大いに賛成である。

 

ただ最近思うのだが、人生には大きな流れというものがあって

それには抗えないのである。

出来る事と言えば、来たる激流に耐え得るべく、苦し紛れの息継ぎくらいだ。

別に悲観的になっている訳では無い。

美空ひばりは川の流れの様にというし、

ビートルズはLet it be.という。

暴風雨のスペイン人はケ・セラ・セラという様にだ。

 

それでも例えば、縁という言葉には

どこか他力本願な気配があり、僕は好きではなかった。

『ご縁があれば。』

余りにも冷淡であるし、いい加減過ぎやしないか。

中学2年の頃、担任であった小池先生曰く、

一生のうち、平均して人は3万の人々と出会うらしい。

更に、その3万人といつ出会うかも決まっているときた。

しかし、その3万人と、どの様に関係性を築くかは己次第である。

要するにこれがご縁。

何とも身勝手な話だ。

然し乍ら(これで’しかしながら’と呼ぶ事をここで初めて知る)、

その御縁に辿り着くまでには、自らの努力が必要である事を

最近知る羽目になり、些か悪い言葉でも無いと今では感じている。

長くなるのでこの話は割愛。

 

 

少し話が変わるが、僕には沢山のジイバアがいる。

爺ちゃん婆ちゃん、片ばあ、公園爺ちゃん、あっちばあちゃん。

生まれてこの方、僕は老人には事欠くことが無い。

高齢者に”ご縁”があるのだ。

 因みに、かたばあは片平と言う地区に住んでおり、

公園爺ちゃんは公園の隣に住んでいる。

勿論、あっちばあちゃんは、あっちに住んでいたのだ。

現に今も老紳士宅に厄介になっているし、

今月引っ越すのだが、その先もまた別の老紳士宅だ。

物心つく前より、ばあちゃんっ子であった僕は、

初見の老人とすぐ仲良くなれる能力があるのだ。

履歴書にも書きたいくらい明確な能力だと思う。

 

アメリカはオレゴンポートランドに留学した際の

ホストファミリーも老夫婦であった。

今年で70過ぎくらいであろうか。

ホストマザーであるローザリーは、見事なアメリカ人体型で、

初めてハグをした時に背中まで腕を回せなかった事を覚えている。

トトロの上に乗ったメイちゃんになった気分であった。

 

僕は時差ボケが酷いたちで、この時なんかは、

4日間くらいはまさに泥の様に眠ってしまった。

語学学校の授業も休んで寝続けた。

もし日本で、眠いが為に欠席したとすれば、

間違いなく怒鳴り散らされて叩き起こされるのが関の山だろう。

当時から7年程経った今でも覚えているのだが、

この時ローザリーは学校を休んだ僕を咎める事はなく、

寝すぎて背中が痛いでしょうと、マッサージをしてくれたのだ。

安い言葉になってしまうが、温かい気持ちになった。

それから僕は1度も学校を休まなかった。はず。

 

帰国後、1度だけ会いに行ったのだが、

それ以降連絡をしても返事はなく音信不通になっていた。

そうこうしている内に、6年が経ったのだが、

つい先週ローザリーから連絡が来た。

元気にしている様だった。

まだ先だが、来年会いに行くことにした。

髭も生え、タバコも吸う様になり、明らかに老けた僕を見て

なんて言うのだろうか。

 

再会のハグで背中に腕が回らない事を願っている。

 

 

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”巡り会いが人生ならば、素晴らしき相手に巡り会うもこれ人生であります。

盛者必滅会者定離、会うは別れの始まりと誰が言うた。

いい愛情に恵まれておるかも知れない、いい愛情に恵まれておるかも知れない。

しかし、月に群雲、花に風、

一寸先の己が運命分からないところに人生の哀しさがあります。”

 

男はつらいよ 奮闘篇より

 

 

 

英国退屈日記:エピソード

一体、いつになったら止むのか。

こちらの人間は6月の雨の如くひたすらに話している。

特にスペイン人のそれはひどい。

梅雨どころでは無い、台風24号辺りの大型の暴風雨だ。

何を話しているのか聞く方が野暮である。

内容はなんでも良いのだ.。

ヨーロッパ退屈日記の中では

ナイフの投げ方で何時間も話し込むといったエピソードがあった。

 

ある日夕食を取っていると、居候宅の老紳士に、

今日起こった面白い事を話してくれと言われた。

その日は用事を済ませ、早々と帰宅した日であったから、

まず珍事など起こっていない。

何を話したかすら覚えていないが、

犬も食わない様な話をした気がする。

四半世紀を生きた僕だが、面白いエピソードなんてそうそう持ち合わせていない。

これについてはこちらに非がある様にも思える。

他人に何かを伝えようと日々考えていれば、小さな珍事に気がつくのだ。

カメラを持って外に出れば、いつもは気がつかない道端の花に目が行く様にだ。

これがこの日記を始めた訳のひとつでもある。

 

 

話といえば、異言語の人間と関係性を築く際に

必ず持ち上がる話題が、

音楽、スポーツ、そして俗語だ。

ここで覚えた俗語は漏れなく覚えている。

寧ろ、これしか覚えていない。

ケンブリッジに留学した際には、

Bloody hell!!  *クソが!!

であったし、

ポートランドでの留学では

Hoochie-coochie girl   *あばずれ女(といったところか)

であった。

今回はというと

ポルトガル語でゴキブリを意味する

Cucaracha

だった。

合言葉の様に仲間内で用いる事で、急速に仲が縮まるのだ。

最近の関心事を3つ挙げろと言われた際に、

恋人、昔の恋人、そしてKazu(僕の名前である)。

と言い放ったイタリア人のフランチェスコには

『酒が飲めるぞ』を教え込んでおいた。

是非カラオケに連れて行きたいものだ。

最後にそんなフランチェスコが話してくれたエピソードをひとつ。

 

 

ー カナダに旅行に行った時の話なんだけどね。

僕が深夜に森の中を運転していたんだ。

(....ちょっと失礼、ここでお気付きだろう、フランチェスコは男だ。)

勿論、灯なんてなくて真っ暗な中ヘッドライトだけで走っていたんだ。

ずっと続く一本道に飽き飽きとしていたその瞬間にね、

何か大きなものが正面から車にぶつかったんだよ。

時速80キロは出ていたと思うね。

なんだと思って車を止めたんだ、

そしたら鹿を跳ねてしまっていてさ。。。

その時咄嗟に言っちゃったね、

"Oh,Dear deer." ー

 

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”ひとりっきりのドライブ ほんの思いつき 真夜中のジョーク

早起きなら苦手だけど 夜更かしなら気分次第”

 

真夜中のジョーク/間宮貴子

 

  

 

 

英国退屈日記:朝食

こちらに来てからというもの、

僕の朝食といえば、

決まってクロワッサンとホットラテ。

ホルボーン駅にあるチェーン店で買うと決めている。

ラテなんかは既にミルクがカップに入れてある状態で常時4つは待機しており、それに10秒でドリップされるエスプレッソを入れるだけ。

一方クロワッサンはどうかというと、

ビジネスホテルのシングルルームのような味だ。

元来、時間にゆとりを持てない性分であるから、速さに重きをおくこの店とは相性がいいのだ。

所詮朝食なんてものは、血糖値を上げる作業である。



サウジアラビア人のマハメッドは

いつも遅れてやって来る。

どうして遅れたのか、と尋ねると

『朝食を長く取りすぎた。』と言うのだ。

彼らの国では、寝坊した時に

この言葉を用いるらしい。

実際に朝食は取ったのかと尋ねると

当たり前だろ、朝メシを食わなきゃ

外には出れないだろ。

と返して来た。


僕が予定に遅れない為に、

蛇の体温の様なラテと小麦の成れの果てを

胃に詰め込んでいる間、

彼はゆっくりと紅茶を啜っていたのだろう。


今夜は手の込んだ料理を作ろうと

心に決めたのだ。





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"失敗作の半熟卵は今日も固茹で

そんな時はこうするのさって

頭で割って

美味しそうに食べてくれるの。"


朝のメニュー/渡辺真知子

愛をあるだけ、すべて

恐らく携帯で見ている人が多いだろう。

僕はパソコンで書いているので、携帯とでは反映のされ方が異なるらしく

読み辛い文章になってしまっている。要検討。

 

ところで僕の好きな言葉に「割愛」というものがある。

意味としては”惜しいと思いながら、捨てたり省略する事”とのこと。

語源は仏教用語だそうだ。

”愛を持って分つ。”

本当はやりたいんだけど〜、とても残念だけど〜省略します。

なんて素敵な言葉だろうか。

胸を張ってサボれる。

勿論英語には、割愛を表す言葉はない。

 

現在僕は、公認会計士のイギリス老紳士と複数の会社を経営するアフガニスタン人の家に居候している。

彼が運営する会社のひとつが葬儀屋だ。商売資源が尽きることはない。

良い仕事だ。

そしてこの家には僕の他に2人の日本人が住んでいる。

このアフガニスタン人出資のもと、アパレルブランドのデザイナーをしている。

要するに僕の顧客だ。

それ以上にプレイングカード(日本ではトランプと呼ぶ)のライバルである。

その内のひとりと食後に一服をしながら話していた。

好きな洋服、ブランドその様な話である。

昨今のアパレル業界ではSustainability(持続可能性)やEthical Fashion(道徳的様式)などと言ったワードが一番の関心事となっている。これらに自分が反対な訳では無い。

現に耐久性のない急造の建物に縫製場をこしらえ、重さに耐え切れず倒壊し何十人もの人が死んでいる。

ただ、ファッション業界全体が、自分たちで創り上げた製品、世界観ではなく、

それらを作る過程にフォーカスしてしまえば、服が服である意味がなくなるのである。

持続可能性を求め、リサイクルコットンを使い続ければ、綿花農家は潰れる。

フェイクレザーを使えば、鞣し屋は潰れる。

無くなってからでは遅いのだ。

そんな中、同居している彼は全くそんな事を考えていない。

所謂、服バカだ。

それが強い。

自分が着たい物をただ作っているだけだが、

デザイナーのあるべき姿ではないかと思う。

クリエイションに規模の大小は関係無い。

 

僕にもやっている事、やりたい事がある。

そのことについて今本当に書きたいのだが、

 

割愛しようと思う。

 

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”シラナイコト ヤリタイコト タクサンアルノ”

 

時間がない/KIRINJI

英国退屈日記;自己紹介

伊丹十三。怒れる老人。

 

僕の好きなものに、怒れる老人というものがある。

例えば、柳宗理岡本太郎、コルヴィジェなんかである。

何かを為し得た後も、怒りのエネルギーが枯れない彼らの情熱を’老害’と一蹴してしまう事は出来ないだろう。

アイリーングレイの邸宅に落書きをしたコルヴィジェは当時51歳であった。

 

 

取り分け、伊丹十三の怒りはニヒルでどこか肩透かしな日本人特有のそれであり、

そんな彼の心持ちに深く共感する。

彼の著書にヨーロッパ退屈日記というものがある。

ヨーロッパでの俳優業を通して出会う西洋人とのエピソードや、当時の生活が描かれている。

短いエッセイ調の語り口で、オチもあまり無く倩と綴るだけなのだが、とてもクセになる。

 

僕も現在ロンドンに住んでいる。

25歳男性。

職業は生地屋。

生地屋というとよく日暮里あたりのいわゆる生地問屋をイメージされ易いのだが、またちょっと違う。

これについてはまた書こうと思う。

趣味は花を買う事と、靴を磨く事。

酒は家で飲みたい。

かなり内向的な嗜好を持っている。

こちらに来て間もないが、

感じる事と言えば別に日本だろうが、イギリスだろうが何処だろうがなんら変わりはないということだ。

住む場所、話す言語が変わっただけという印象である。

(恐らく僕の趣味思考に起因する。)

しかしその言語に苦戦を強いられたり、ウォシュレット無きトイレにもまた苦戦を強いられたりしている。

この歳になって一時的欲求が脅かさせれることもそう無い事であるし、

折角だから記録に残そうというのがこのブログの趣旨である。

退屈前提で過ごしていれば、楽しい事が多いような気がしている。

伊丹十三の言う退屈はまた違った意味合いだが、それは読んでもらえれば分かる。

 

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”旅慣れて ニタリと笑う 俺の心のドン ジョヴァンニ”

伊丹十三著;ヨーロッパ退屈日記より